以下、日笠が白衣姿の川喜田と会う短文です。
メディカルチェック
健診会場に入って、その姿を見つけてからずっと、横目で気にしていた。
「川喜田さん」
自分の番が来て、日笠は席に座りながら声を控えて呼びかけた。
川喜田は顔を上げると、驚いたようにこちらを見た。
川喜田は一人一人の血圧を念入りに測っていたので、日笠がいることに今気付いたようだ。
将棋連盟では棋士に対しても健康診断が行われている。日笠はプロになってから始めての集団健診を受けていた。
この将棋会館にかつて見知った人が、白衣を身に付けて座っている。
川喜田は差し出された問診票に一度目をやった。
「日笠くん、久しぶり」
「お久しぶりです。健診の仕事、してるんですか?」
「いや。これはアルバイトで、今は医大に通ってるんだ」
「医大って、医者になるんですか! 今は大学生?」
「一応ね」
川喜田は少し照れたように頷いた。
どうして医者になろうと思ったのか。あの一局から何があったのか。尋ねたいことは山ほどあったが、それをとどめるように川喜田が告げた。
「測ろうか」
血圧を測る機器に目をやる。筒状になった部分に腕を通して、と川喜田が一通り説明する。
日笠は何度か病院で血圧を測ったことがあるので、大まかな使い方は知っていた。
腕をセットしながら話しかける。
「でも、まさかこんな所で川喜田さんに会うとは思いませんでしたよ」
「僕もだよ。日笠くんがプロになったのは、将棋連盟のホームページで見たよ。今さらだけどおめでとう」
「本当ですか! ありがとうございます」
ホームページには新四段になった棋士の名前が載る。退会した後も、医者を目指すようになっても、川喜田が見ていてくれているのを知って日笠は嬉しかった。
「体はもう大丈夫なの?」
「はい。手術が成功して、退院してから二年くらいは通院してたんですけど、今は大丈夫です」
「それなら良かった。血圧をコントロールするような薬は飲んでいない?」
「はい、今は飲んでません」
「分かった。じゃあ測るよ」
川喜田がスイッチを押すと、筒の内側が収縮して腕を締め付けた。
その間、日笠はじっと川喜田の様子を見ていた。目の前のその人は日笠の問診票に目を通していて、視線には気付いていないようだった。
真っ白な白衣に、ネクタイがきちんと締められている。日笠は将棋を指す川喜田しか知らないが、その白衣姿はなぜかとてもしっくり来ていると思った。
奨励会に通っていた頃、川喜田はいつも整えられた服装で、将棋の勉強に励んでいた。何度か対局したことがあったが、今もその時と同じくらいの距離感だと、日笠はふと気が付いた。いつも遠目で川喜田の様子を見ていたので、こうして至近距離にいるのは少し照れくさい。そのくせどこか胸が高揚している自分に気付く。
川喜田は真剣な表情で書類に目を通しながら、数値が出るのを待っている。その眼差しは奨励会にいた頃と変わっていない。
その表情に思わず見入っていると、測定終了の電子音が鳴った。日笠は我に返って視線を外した。数値を確認した川喜田が、困ったような顔をした。
「ちょっと高いな……」
「えっ」
日笠は思わず声を上げた。鼓動がひときわ高く打ったのが分かった。内心を見透かされたようで、気まずさが込み上げてきた。
「いつもこんなに高くないよね?」
「はい」
川喜田は眉を下げたまま、ふと何かに気が付いたようにその白衣を指差しながら尋ねた。
「もしかして、これ見ると血圧が上がる方?『白衣高血圧』って言うんだけど……」
「いえ」
日笠は慌てて首を振った。
あんたが着てるからだよ。思わず心の中でぼやいたが、もちろんそんなことを口に出せるはずがなかった。
川喜田は数値と問診票を見比べて少し思案する。
「もう一回測ってみようか」
でも、結果的に川喜田の前にいられる時間が延びた。
その沸き立つ心を落ち着けるように、日笠は再度の測定の前に一度深呼吸をした。
川喜田の白衣姿を日笠に見て欲しい…と思って何とかならないかと妄想してた。
10年後の日笠が病院に行けばいいんだけど、川喜田が(体調悪いのか…?)て不穏な感じになってしまうので、もう少し穏やかにならないかなと妄想した結果です。
実際医大生が健診バイトはしないかもですが、経験を積むためにというつもりで。
ベタなネタだけどこういうの萌え。