■一言でいうと、もし川喜田と日笠のお弁当が入れ替わったら…って短文です。
弁当の描写や好き嫌いなどは、全て捏造です。
三段リーグ以前、奨励会時代の設定。
川喜田さんのお弁当
「じゃーね、また後で。あっ」
日笠が自分の席に目をやると、隣に座っていた川喜田が、盤上の駒を見つめながら、弁当を食べていた。
「川喜田さん、それ俺のなんですけど」
「えっ?」
箸を持ったまま、川喜田が顔を上げた。二段組の弁当のご飯を入れた段は、すでに半分ほど食べられてしまっていた。
川喜田は自分が手にしている箸と、弁当箱を見返した。
「あっ、ごめん、……ごめんなさい」
他人の弁当を食べていることに気付いたのか、川喜田が頭を下げた。
昼休みが始まった時に、日笠はこの席について、まず弁当の入ったトートバッグを机の上へ出した。その時、知り合いに声をかけられて一度席を外した。そのバッグが川喜田の近くに置いてあったので、取り違えてしまったらしい。
「ちょっと考え事をしてて……自分のを出したと思い込んでた。ごめんなさい」
川喜田が自分の鞄の中を確認すると、案の定、弁当のトートバッグが入っていた。黒っぽい色の保冷トートバッグは、日笠の物と確かに似通っている。
川喜田が将棋のことを考えていたのは、言われなくても分かる。机の上の将棋盤に駒を並べ、傍らには本を置いたまま。昼食休憩中も勉強を続けているのが川喜田なのだと、日笠は知っていた。
でも、いつものお昼だったら駒は並べていないのに、今日は並べながらだ。午前の対局で、よほど考えておきたい事があったのかなと日笠は思った。
川喜田が戸惑ったように尋ねた。
「どうしようか……」
「いいですよ、もう食べちゃったし。代わりに俺が川喜田さんの貰っていいですか」
川喜田はホッとしたようにうなずいた。
「ああ、僕のでよかったら。どうぞ」
そう言って自分の弁当バッグを出すと、日笠に手渡した。
川喜田さんの弁当だ……。
いつも様子をうかがっているから、中身をチラッと見たことはあるが、その味までは知らない。
丁寧に結んだ包みを開き、弁当の蓋を開ける。
色々なおかずが入った、いかにも栄養バランスのよさそうな弁当だった。
日笠はちょっと緊張しながら、最初に玉子焼きを口に運んだ。
が、味がしない。
変に思われないように、いつも通りに飲み込んだ。もう一つ食べたが、やはり味がしない。
次にきんぴらごぼうを口に入れると、甘辛のごぼうとゴマの味はかろうじて分かった。
弁当箱も同じような黒の二段組で、蓋に箸入れが付いている。確かに似たような形状だ。将棋のことを考えていたら間違えるかもしれない。
でも、弁当の包みはぜんぜん違う色だった。さすがに気づくだろ、と日笠は心の中で悪態をついていた。
背筋を伸ばした状態のまま、日笠は食べ進めていく。緊張で味がしないと思っていたが、いつも食べているものより味が薄めの弁当なのも原因のようだ。
食べながら、横目で川喜田の様子をうかがう。
盤上に目を落としたまま、日笠の弁当のウィンナーを口に入れるところだった。
それ食べたかったのに、と日笠が思っている間に、川喜田は噛んで飲み込んでしまった。
最後の一口を食べると、律儀に両手を合わせた。丁重に弁当箱を二段に組み、弁当箱を包んでバッグへ入れ、元のかたちに戻した。
日笠は変に思われないように、たいして味のしないおかずを口にしながら、川喜田の一連の行動を観察していた。
「ごちそうさま」
川喜田が日笠のトートバッグを差し出した。
「あ、はい」
「本当にごめん。僕のは食べ終わったら置いておいてくれるかな」
「分かりました」
川喜田はすぐに盤上に視線を落とし、駒を動かしながら検討を続けている。
日笠は箸を持ったまま、隣と弁当にかわるがわる視線を移した。
弁当箱の中に一つだけ、しいたけの煮物が残っている。
苦手な食べ物だが、まさか「川喜田さん食べて下さいよ」とは言えない。
日笠はしいたけをじっと見つめると、生唾を飲み込み、意を決してその一切れを口の中に放り込んだ。
どうせ味がしないんだからと開き直っていたが、じわりと染みだした煮汁からは、やはりしいたけの味がした。
素早く飲み込み、空になった弁当箱を重ねて包み直し、トートバッグに元通りに入れて、「ごちそうさまでした」と小さく声をかけた。
川喜田は盤上に目をやったままで、こちらを見なかった。
息を吐くと、日笠は自分の傍に置いてあったパステルピンクの紙パックを手に取る。
自動販売機で買った、いちごオレの飲料だった。
ストローを突き刺して吸い込むと、わずかに酸味のある甘ったるい味が、ようやく口の中へ広がった。
◆
雑誌を見ていたら、片思いしてる好きな人がお弁当を取り違えたので、好きな人のお弁当を食べてドキドキ…みたいな投稿があったので、川喜田と日笠で妄想してみた。
が、ムリがある!こんな時「うーんムリのない展開」ってコイチ先生なら言うんだよ!(笑)
好きな人のもだけど、ひそかに尊敬する人の弁当を食べるのもある意味ドキドキだろうと思った。
これ嫌いだから食べられないとか言えないだろうし。
日笠は好きなものから食べる、嫌いなものは最後まで残す、あわよくば食べないで済ませそうなタイプだと思うな(笑)
しいたけなのは、川喜田の弁当は体にいい和食中心だろう(妄想)+自分の周りでしいたけが嫌いな人が複数いて、占い師のしいたけさんもしいたけ苦手だったので、苦手な人が割といそうという理由。
奨励会のお昼どんなだったか妄想も楽しい。
作中の回想シーンを見ていると、川喜田はあの調子で勉強してるならおむすび食べて済ませるとかかも?と妄想してた。この話ではお弁当持って来ていることにしたけど、母親が作ってくれたのか自分で作ったのかは正直わからなかったのでぼんやりさせている。
日笠は高校生で平日も弁当持って行ってるだろうから、例会日は作ってもらったりお金渡されて買ったりと妄想。回想シーンは買った弁当を食べたみたいに見える。+いちご飲料、萌え。
(余談)
『うーんムリのない展開』は、とんちんかんの作中に何回か出てきた言い回し。
解説になっちゃうけど「(実はムリがあると思っている)」というギャグで、強引な展開をそのまま進められる手法。
当時あったであろう、とんちんかんの同人誌にも頻出してそうなフレーズだな~。