バレンタイン短文詰め合わせ(紅葉と銀杏、染井メイン)

バレンタインネタの短文2本です。

1.紅葉と銀杏 市原師弟のバレンタイン&ホワイトデー。
舘虎・綿貫も少し出ます。オチに染井。

2.紅葉+染井→→→銀杏 染井片思いでバレンタインチョコの話。

【!注意!】
・原作に描いていること以外は全て捏造
・キャラの会話は全て私の妄想と捏造です
・お菓子や棋戦は架空のものです

※2022/06/06 pixivより移動しました

1.(紅葉と銀杏)

「あれ、紅葉じゃん」
 夕暮れ時の店内は、そこそこ賑わっている。紅葉はよく見知った金色の髪の人物に目を見張った。
「銀杏さん!? なんでここに」
「なんでって、取材だったんだよ。紅葉こそ研究でもしてたのかい?」
 ここは将棋会館の近くにあるコンビニ。銀杏の推測通り、紅葉は棋譜を調べに、一人で将棋会館へ出かけ、家に帰る途中だった。
「まあそんなトコ。仕事だったんだ」
「まあねー。雑誌にインタビュー載る予定だからまた読んでよ」
 おおかた、将棋界ではメジャーな雑誌の取材だったのだろう。紅葉は銀杏も会館にいるとは知らなかった。
 銀杏は紅葉に向かって含みのある笑みを浮かべた。
「ねえ紅葉、カントリーマアム買って」
 銀杏は指し示すように、その菓子の袋に視線をやった。それはコンビニ限定の小さなサイズになっている。赤と黒のパッケージにハートマークがついていて、『期間限定』と書かれていた。
「はあ!? なんで俺が。アンタが食べたいだけでしょ……」
 その時、ちょうどいいタイミングで店内放送が鳴った。
『バレンタイン、あなたも誰かに気持ちを伝えてみませんか?』
 様々な商品を取りそろえてお待ちしています、とアナウンサーの明瞭な声が響いた。今日は二月十四日だったと、紅葉はその時気が付いた。
 銀杏が今度は放送の聞こえた方を見やって続ける。
「……だからさ?」
「いやもっとワケわかんねぇから! 今日バレンタインじゃん、俺がもらう方じゃねぇの?」
「今時どっちからどっちにあげるなんて関係ないよー。いつもお世話になってる師匠に、日ごろの感謝を込めてさ」
「自分から要求すんな! だいたい師匠が弟子に贈るとかねえの?」
「ないよ。うちの一門では」
「即答かよ!」
 紅葉はツッコミを入れながら、財布の中身を考える。今月は戦術の本を買ってしまったので、少し懐が厳しい。だいたいこのカントリーマアムは、限定品だからなのかコンビニ価格だからなのか、普通に見かける物より少し高い値段だった。
「えー、ダメ?」
 銀杏が上目遣いに紅葉の顔を覗きこむ。かわいい表情を作っているのが紅葉には分かった。
 こういうの、この人上手いんだよな。
「……しゃーないな、今日だけですよ」
「やった!」
 満面の笑みを浮かべる師匠の表情に、財布は厳しいけど、まあいっか……と紅葉は思った。
「これ一度食べてみたかったんだよねー」
「やっぱ食べたかっただけじゃん!」
 数分後、銀杏の手にはコンビニの小さな袋があった。中はもちろんカントリーマアムの限定品が入っている。
「サンキュー、紅葉」
 店を出て、紅葉は自分で買いたかった、炭酸ではない飲み物のペットボトルを一口飲んだ。二人は将棋の話を二、三して、そのままの流れで駅まで一緒に帰った。

 ***

 一か月後、紅葉は将棋会館の入り口にいた。
「やあ、紅葉じゃーん。いいものあげる」
 通りかかった銀杏がいきなり小さなビニール袋を手渡してきた。
「は!? いきなり何だよ……これっ、ダッツ!!」
 ダッツとは外国製の値の張るアイスクリームの名前だ。アイスが好物の紅葉も当然目がないが、その価格のためなかなか手が出なかった。
「こないだの棋戦で、いっぱいもらったからあげるよ」
「マジで!? そんな棋戦あんの!?」
「うん。スポンサーがダッツの会社で、一戦勝つとアイスが送られてくんの」
「その棋戦めっちゃ出てえ!」
 食いつく紅葉に銀杏は声を出して笑った。
「出場条件はプロのみだからね。早くここまでおいでよ、紅葉」
 一瞬、銀杏の眼差しが鋭く紅葉を射抜いた、ように見えた。しかしすぐに銀杏は踵を返す。
「あ、アイスの商品券も入ってるから使って。じゃあねー」
 銀杏は仕事があるのか、駆け足で去っていった。紅葉は袋の中身を確かめる。するとビニールで包装されている商品券の束が入っていた。好きな味のダッツと一つ交換できるものだった。ザッと数えたが十枚はある。
 入っていたチョコ味のダッツはまだ固くて、すぐには食べられそうもない。でもそのうち食べないと溶けるよな、などと紅葉が考えていると声がした。
「よー紅葉、遅くなってすまんな」
「全く。寄り道するからだ」
 舘虎と綿貫がやって来た。三人で研究がてら、棋譜を調べる約束をしていたのだ。二人は連れ立って来たらしい。紅葉も挨拶を返すと、舘虎が不思議そうに紅葉に尋ねた。
「その袋どうしたん?」
「ああ、銀杏さんにアイス貰ってさー」
「アイス? ああ~」
「は? 何ちょっとニヤニヤしてんの?」
 何かが分かっているらしい二人に、紅葉は少したじろいで問い詰めた。
「師匠からのプレゼントってことじゃな」
「別にそういうんじゃねぇから」
「今日はホワイトデーでもあるからな」
 綿貫は呆れたようにため息をつく。
「あ……! いやそういうんじゃなくて、単に貰っただけ」
 言いながら紅葉は、お返しのつもりかよと心の中でつぶやいた。
「商品券もあるから! 皆で分けようぜ」
 券を見せると二人も感心して声を上げた。綿貫はその棋戦の事を知っていたようで話をしてくれた。貰ったアイスも食べごろになってきて、紅葉はそのふたを開けて中身を食べ始めた。
「しっかし、アレじゃな。今日染井の奴がおらんてよかったな」
「なんで?」
「オメェが市原先生からアイス貰った、なんて聞いたら大騒ぎじゃろ」
「あー確かに」
 ダッツのロゴが入ったさじを舐めながら紅葉がうなずいたその時――彼は視線を止めて固まってしまった。
「どした?」
 紅葉と同じ方向を見た綿貫が低い声でつぶやいた。
「噂をすれば影……か」
「蔵道、何でアイス食べてんの?」
 将棋会館に入ってきた染井が、紅葉たちに気付いて声をかけた。

2.(紅葉+染井→→→銀杏)

「今日はこのくらいにしとくか」
 将棋会館で毎度のように二人で指していた紅葉は、盤の向こうにいる染井に告げて、立ち上がった。
 夕暮れ時で、空は赤く染まっている。
「待て蔵道」
 重い口調で染井が引き止めた。
「何だよ? まだ指し足りないとか言うんじゃないよな?」
「ここからが大事な話だ」
「はあ? さっき感想戦さんざんしたろ」
「そっちじゃない。遂に十日を切ったんだぞ」
 染井の思いつめたような口調にわけが分からず、紅葉は問い返す。
「何が?」
「二月十四日まで、つまりバレンタインまであと十日余りなんだ!」
 あまりにも唐突な言葉に、紅葉はあっけにとられて声が出なかった。
「このバレンタインに、銀杏さんからチョコを貰うにはどうしたらいいか? その作戦を――」
「知るか! んなもん、一人でやれ!」
「何だと! 一年に一度の大問題なんだぞ!」
 染井の言い分としては、どうしてもバレンタインに銀杏からチョコを貰いたい。(加えて銀杏の弟子にしてほしい)が、直接頼むのは野暮なので何かいい方法がないか、市原門下の紅葉と共に模索しようとしていたらしい。
 熱弁を奮って少々汗ばんでいる染井に、紅葉は大きなため息をついた。
「だいたいさ、直接言わないでチョコ貰おうって魂胆が気に入らねー。今日び逆チョコあるんだから贈ればいいだろ」
 その言葉に、染井が表情をパッと明るくする。
「その手があったか!」
「いやあったかじゃねぇよ」
「だったら……何を贈ればいい? 銀杏さんの好きなチョコと言えば……」
「カントリーマアムでもくれとけばいいだろ」
 またしても、あっさりと答える紅葉に、染井が食ってかかる。
「でもとは何だ! お前真剣に考えてるのか!」
「考えなきゃいけないのかよ!?」
「だいたい、カントリーマアムってチョコなのか?」
「いやチョコだろ。チョコチップ入ってるし、中なんかほぼチョコじゃん。チョコだよ、あれは」
 正直、紅葉はさっさと家に帰りたかったので、かなり適当な主張を繰り広げた。が、染井はそれを納得したようにうなずきながら聞いている。
「そっか。言われてみれば確かにチョコだよな」
 紅葉のアドバイスに、染井は満足したようにうなずいた。どんなカントリーマアムにするかは自分で考えるそうだ。
 ようやく解放された紅葉は、ホッとして帰路についた。

 そして二月十四日。
「銀杏さん! アナタの好きなカントリーマアムを色々集めてみました! 受け取って下さい!」
「おおー! 吉野サンキュー」
 染井の用意した上質の紙袋にはリボンがかけられ、中には染井が集めた様々な種類のカントリーマアムが入っている。これには銀杏も上機嫌だった。ただ、染井への感情というよりは好物をもらえて嬉しいだけという風に見える。これでもあの人の弟子なのでそれくらいは分かる。
 そんな事は露知らず、しかし笑顔を向けられた染井は嬉しそうにうなずく。
 紅葉は呆れたように二人の様子を傍から見ていた。そしてこう呟いた。
「まあ……よかったな」