花火の見える部屋(ss)

川喜田の部屋から花火が見えてたコマで思いついた小話
※川喜田の自宅が高層マンションという設定です

「あ、花火」
日笠が窓の外に目を向けている。わずかに開いたレースのカーテンの間から、大きな花火が一つ、夜空に開いていた。その光に遅れて、打ち上げた音が小さく響く。
川喜田は駒を戻していた手を止め、立ち上がってカーテンを開けてみた。先ほど一局を終え、感想戦をしたところだった。
「花火大会かな。ここから見えるんだ」
「そうなんですか。この部屋、高いとこにありますしね」
自宅は病院と別の場所にある。川喜田の家族は、この高層マンションに住んでいた。川喜田の部屋からは夏になると時々、こうして花火が見えた。
あの三段リーグでの対局から、一年が過ぎていた。奨励会を退会した後、日笠と将棋を指す仲になるとは思いもよらなかった。対局後、日笠にちゃんと感想戦をしたいと頼まれて、なりゆきで連絡先を交換した。日笠の手術が成功した後は、お見舞いに出向いた。退院したらまた指したいと言う日笠に、合格したら指そうと答えた。これからの目標は医者になる事だと伝えると、日笠も応援してくれた。
そして春、その約束は果たされた。勉学の合間を縫って、日笠とは時々指すようになった。現在、川喜田は医大の一年生で夏季休業中だ。日笠は自宅療養中で、通院しながら治療を続けている。
今度は花火が二つ、三つと続けざまに打ちあがり、夜空に開いた。自室としてこの部屋を与えられてから、この時季は毎年、花火を見ていたように思う。勉強中に小さな音が聞こえて、薄いレースのカーテンを開けると、大きな光の花が開いていた。火の粉が消えていくまで、その光の筋をじっと見ていた。それは勉強の合間の息抜きにもなっていた。
でもある年からは、花火よりも夢中になっていたものがある。それが将棋だった。
打ちあがる花火に目もくれず、川喜田は将棋の勉強に熱中していた。花火の音が遠くから聞こえているとは思ったが、それよりも目の前の問題から目が離せなかった。
奨励会に入ってからも、花火など見る間も惜しんで勉強に取り組んでいた。この部屋で花火を見るのは、久しぶりかもしれないと川喜田は思った。
そして今、ここには日笠がいる。まだ盤の前に座ったままの日笠に問いかけた。
「ベランダに出て見てみるか?」
エアコンの効いた室内より蒸し暑いだろうが、外に出た方がもっとよく見えるだろう。今日の体調はそれほど悪くなさそうだし、と川喜田は思った。
しかし、日笠は軽く首を振った。
「いや、俺はこっちで」
日笠は駒がバラバラに置かれたままの将棋盤に目をやった。それから、こちらに視線を向ける。
「川喜田さんも、そうでしょう?」
誘うような目で問う。ああ、彼も同じだったのか。川喜田は思った。
「そうだな」
川喜田はカーテンを閉めると、盤の前に正座をして姿勢を正し、日笠と向き合った。
駒を初期位置に戻していると、レースのカーテンに透けて、また花火が上がった。
しかし二人の視線は既に、盤上にあった。


8月の終わりごろ書きたくなって書いていたけど、実生活の都合で中断してしまい、今になってしまった。
でも、やっぱり完成させたかったので公開。
前書いた話とちょっと被ってる感あるけど、やっぱり将棋が好きな二人が萌える~。