医者と棋士の1月1日(ss)

以下、お正月ネタの短文です。10年後設定。

医者と棋士の1月1日

≫1月1日の新春五番勝負に出ます!お正月に見て下さいね

携帯にそんなメッセージが来たのは年の暮れ、今年もあと半月に迫った頃だった。
日笠が出場するのは、ここ数年、元日に行われている対局だ。プロの中から選出された数名の棋士が、総当たりで勝負するという企画だった。
選出される棋士は、実力や人気などを加味して主催側が声をかけている、とのことだ。日笠の今年一年の活躍ぶりが伺えた。
この一年、将棋界でしばしば日笠の話題が上がっていたのを、川喜田は見ていた。

≪1日は仕事なんだ、休憩中に見てみるよ

返信はすぐに来た。
≫そうなんですか!? お疲れ様です!

無理のない程度に見て下さい、とメッセージは続いている。
新年早々の初仕事に臨む日笠に、僕も頑張ろう、と川喜田は心の中で呟いた。

一月一日、川喜田は病院でいつも通り勤務していた。
祝日で外来のない病院内は、いつもよりも静かだった。空には晴れ間が見えていて、のどかな一年の始まりだ。入院患者の中にもどことなく和やかな空気が流れていた。だが、病気に正月休みはない。
川喜田は院内のメンバーと共に、一つ一つ業務をこなしていった。

ようやく休憩に入って、院内のコンビニで買っておいたお昼を手に、食堂へ足を運んだ。
祝日なので院内の食堂は休業している。川喜田はそれを見越して、先に調達しておいたのだ。
そこには数名のスタッフがいただけで、ひっそりと静かだった。
川喜田は昼食を傍らに、携帯で新春対決の配信サイトに飛んだ。

ちょうど映し出された画面の左側に、日笠が対戦相手と向き合って座っていた。
背景には金屏風が置かれ、棋士も解説者も和服を着ていた。その中の女流棋士の着物は、華やかに画面を彩っていた。
棋士の傍らには重箱を模した黒い箱が置かれていて、その中に飲み物やちょっとしたおやつが入っていた。おせちの品々のようだった。画面の中にはすっかり正月の空気が漂っていた。
現実とはどこか違う時間が、画面の向こうには流れている。川喜田はしばし、その時間の中に身を委ねていた。
向こう側の空間は、あの日の将棋に繋がっている。

日笠はじっと盤面を見つめていた。
画面内の情報で状況を確認したところ、少し苦戦しているようだ。残り時間がない中で、日笠は対抗する手を探している。
新年早々、奮闘している姿に川喜田の視線にも熱がこもる。
日笠が意を決したように駒を進めた。それは反撃の一手だ。
相手方の棋士が盤面に近づいた。
その間に日笠は素早く、おやつを一口で食べてしまった。
解説者が栗きんとんの栗ですね、と付け加えた。


≪栗きんとん食べた所は見たよ
≫そこですか!?

って会話を後日してたらいいな~。
と妄想してました(笑)

一昨年年末に書きたかったネタなんですが、書きそびれてしまったので今年こそはと書きました。時期はずれだけど1月中だからOK!ってことにしちゃう。