チョコをめぐる高校生日笠と川喜田の話。日笠の友人二人も登場してます。
バレンタインなので、ゆるくて甘いです。
初出:2019/02/14(1278文字)
あとがき
「それ多すぎじゃね?」
バレンタインでセールをやっていたからと友人が買ってきたのは、深いプラスチックの容器に正方形のチョコが沢山詰まっているものだった。
「えー、そう?」
「三人で食べきれるのかよ」
「別に三人で食べなくても良くない? あっ、チョコ食べないか?」
もう一人の眼鏡の友人はすぐさま、同じ部屋にいた奨励会員に声をかけ、チョコを手渡した。
2月14日、バレンタインデーだったこともあって、割とみんな好意的に受け取ってくれた。特に小学生の会員などは、年相応の無邪気な笑顔を見せている。室内は心なしかいつもより明るい雰囲気になっていた。
日笠は、席を一つ空けて斜め前方に座っている後ろ姿に目をやった。
休憩もそこそこに、彼は将棋盤を机上に置いて、片手で本を開き勉強に取り組んでいる。
いつも見ている光景だ。
視線を友人たちに戻してから声を上げた。
「俺にもちょうだい」
容器に手を入れると、チョコレートを掴み取る。二人の友人は、チョコがきっかけで他の会員と何やら談笑していて空返事だ。手のひらに載せたチョコを確認してから、手を伸ばしてもう数個を付け加えた。動作の流れで立ち上がって、日笠は前の席に向かった。
じっと本に目を落としている背中に、斜め後ろから声をかけて、正面に回り込む。
「川喜田さんも、チョコ食べません?」
疑問形で尋ねながらも、空いている机の隅に三つ、正方形のチョコを置いた。いちご味とミルク味とビスケットが入っているチョコだった。パステルカラーの包み紙が、不釣り合いに机上を彩った。
「あ、ああ……」
集中していたのだろう。今気づいたかのように川喜田は顔を上げた。それでも話の流れくらい聞こえていただろう。聞いてなかったかもしれないけど。そんなこと、どっちでもいいかと思い直した。
「ありがとう、日笠くん」
言葉の割に戸惑ったような表情を浮かべている。無理もないかと思いながら日笠はもう一度口角を上げて見せると、さっきまで座っていた席に戻った。
その後、川喜田が一向にチョコレートに手を伸ばさないので、日笠は斜め後ろの席からチラチラと様子を伺っていた。
部屋を移動する時に、ようやくチョコを鞄に入れたので、内心ホッとした。
将棋会館からの帰り道、日笠はポケットに手を入れると、手のひらに先ほどのチョコレートを載せた。
いちご味と、ミルク味と、ビスケットが入ってるやつ。
三つとも日笠が好きな味だった。
どれにしようかと思って、川喜田さんはどれから食べるだろうかと考えた。俺は好きなやつを一番に食べるけど、川喜田さんてそんな感じがしない。
構わずにパステルピンクの包装紙を外す。いちご味は中身も柔らかなピンク色だった。いちごとチョコの甘い香りがする。
口の中に放り込むと、途端に香りが強くなり、同時に甘さが一気に広がった。
けっこう甘いな、と思いながら日笠は帰り道を歩いていった。
噛み締めると、中からいちごのソースが出てきて、口の中に甘酸っぱい味が広がった。