2021年SSまとめ

新年の挨拶

■新年の日笠と川喜田の短文です。例によって日笠が一人で考えてる話。

年が明けても、その背中は変わらず将棋の勉強を続けている。
日笠は前方の席で本を開いている川喜田の背中を横目で見ながら、休憩時間を友人達と過ごしていた。
川喜田が奨励会に入ってきたあの日から、三回目の新年を迎えていた。
今年初めの例会、という以外はいつもと変わらない光景だったが、勉強に集中していた川喜田の前に、奨励会員が通りかかって声をかけた。それは川喜田と同じ研究会のメンバーだった。
顔を上げると、川喜田は何か言って会釈をした。相手も会釈を返したので、たぶん新年のあいさつをしているのだろう。
連絡は携帯電話でも取り合っているが、日笠達も実際に顔を合わせた今日、軽く今年もよろしくと言い合ったのを思い出した。
川喜田さんにあいさつしたらどうなるかな、と日笠は想像した。

「川喜田さん、今年もよろしくお願いしますね」
「ああ…よろしく」

不思議な顔されるんだろうな。別に親しいわけじゃないから。
日笠は小さくため息をついた。川喜田が入会してきて三年が過ぎ、今日のようにその背中をずっと見続けていたが、個別にあいさつを交わすほど親しいわけではない。
その間も川喜田は欠かさず将棋の勉強を続け、その姿に感化されるように日笠も将棋に真剣に取り組むようになった。その結果、昇級も果たすことができて、奨励会を続けている。
もう少し川喜田と話がしてみたいと思っていたし、何度か例会で対局する機会もあった。
でも話のきっかけを掴めないまま、たいしてお互いの話もせず時は過ぎてしまった。
三年も経った今、あいさつをしたとしても今さらの事だろう。

今日か次に対局なら、あいさつしても変に思われないんだろうけど。
対局後に互いの将棋について検討する感想戦があるので、話す機会はある。
でも川喜田とは先月に対局したばかりなので、奨励会のルール上しばらくは当たらない。
何か不自然に思われない手段はないのか、日笠は一人で考えていた。
「晴? 聞いてた?」
隣に座っている眼鏡の友人が声をかけた。
不意を突かれたのを気付かれないように、何食わぬ顔で日笠は応じる。
「何だっけ」
咎めるように友人は先ほどまでしていたらしい話を繰り返す。
会話の応酬に戻る前に、日笠はその後ろ姿をもう一度見やる。
研究会のメンバーは既に立ち去っていて、川喜田は再度本を広げ、将棋の勉強に取り組んでいた。
その背中に、日笠は心の中で呼びかけた。

『今年もよろしくお願いします』