ハッピーニューイヤー

おまけ…「お汁粉と甘酒」

「将棋してるかなとも思ったんだけど」
 階下のダイニングに顔を出すと、母親が声をかけてきた。
「今指そうかなと思ってたとこ」
 日笠は椅子を引いて腰かけようとした。
「ほんと? ならちょうどよかった。二階に持ってく?」
 母親の問いに日笠はうなずいた。するとお盆の上に、箸とお汁粉を置いてくれた。
「ありがとう」
 それを持って階段を上がると、あんまり無理しないでね、と後ろから声がした。その声に応えると、日笠は自室に戻った。
 パソコンの脇にそのお盆を置くと、お汁粉が静かに湯気を上げていた。黒いあんこの汁の中に、白い餅の焼き目が見え隠れしている。日笠は箸を取り、そのお汁粉を口に運んだ。甘味が口の中に広がって、胃の中は温かさに満たされた。
 日笠はふと、今ごろ川喜田さん何してるだろう、と思った。
 もう家に着いているだろうか。それともまだ乗り物の中だろうか。どちらにしても、きっといつものように、勉強に励んでいるのだろうと思った。
 日笠はお汁粉を飲み干すと、気合を入れ直すように一つ頷いて、改めてパソコンの画面に向き合った。

 ◇

 家に入るとリビングに家族が集まっていた。
 帰宅を告げると母親が、甘酒を飲んでいたところだと声をかけてきた。その片隅に、湯飲みに入った甘酒が湯気を上げていて、かすかに麹の匂いがした。
 同じ湯飲みが、テーブルに座って書類を読んでいる父親の傍にも置いてあった。表紙の文字から、病院関係の資料であることが分かった。父親はその作業に集中していて、川喜田が帰宅した際にも「お帰り」と声をかけ、一瞥をくれただけだった。
 二階に甘酒を持って行きたいと伝えると、母親は甘酒を入れた湯飲みを盆の上に載せてくれた。礼を伝えて川喜田は自室に入った。
 その盆を勉強机の脇に置いて、まず鞄の中から帰宅途中に見ていた参考書を取り出した。勉強道具を並べ、おみくじを机の引き出しにしまった。それから、日笠に貰った紺色のお守りを机の一番奥の、目につく場所に置いた。
 甘酒を口にすると、身体の中から暖かさに満たされていくのが分かった。
 川喜田はふと、日笠はあの後どうしただろうと思った。
 家に入って、体を温めて休んでいるだろうか。
 そう考えて、もう一度あのお守りに目をやった。『学業成就』と筆で丁寧に書かれた文字を視線でなぞった。目標はもうはっきりしていた。
 深呼吸をすると、川喜田は参考書を開いて勉強を始めた。